逸品館メルマガ バックナンバー 026

明けましておめでとうございます。本年もどうぞよろしくお願い申し上げます。

2006年の漢字は「命」でした。さてあなたは、一体どんな文字を思い浮かべられたでしょう?友人の一人は「嘘」だろうと言っていましたが、かなり的を得てると思われませんか?税金の無駄使い、いじめの隠蔽、それらもすべて「嘘」です。都合の悪いことは隠蔽する。そのために嘘をつく。国会の答弁や新首相の言葉にさえ「真実」が希薄に感じられます。そして、インターネットを媒体として「悪意の嘘」が蔓延ります。しかし、「嘘」が全部良くないとは言いきれません。お医者さんが末期ガンの患者さんに「余命宣告」をしたらどうなるでしょう?聞きたくないこと、知りたくないことだってあるはずです。人を守るための「嘘」、人を傷つけないための「善意の嘘」なら許されて良いはずです。さて、なぜこんなに「嘘」にこだわるかというと、それがオーディオや映像の世界と関係があると思えるからです。

昨年末のメルマガに書いたように「映画」を「真実」だと思う人はいません。だからといってそれを「嘘」と決めつけたり、「映画」に極端なまで「真実」を追求する人も少ないでしょう。ある意味で「映画」は「嘘」を楽しむ芸術かもしれません。では、記録写真はどうでしょう?私は学生の頃趣味でモノクロ写真を撮っていましたが、撮影時に一瞬を切り取る構図とトリミング、現像時に行う素粒子化、そして焼き付け時に行う部分露光などにより、事実はいくらでも「脚色」が可能です。例えば、人物写真も修正なしで実物以上に美男美女に仕上げるのは、プロのテクニックを使えば造作ありません。撮影角度を考えてレンズの収差を利用すれば、足を長くしたり顔を小さくしたり出来るでしょう。レフ板を使えば、表情を明るくしたり、暗くしたり、自在に変化を付けられます。これらは、「明らかな嘘(カメラを使ったトリック)」ですが、これは人に喜ばれる「嘘」です。脚色が過ぎなければ、撮影した本人にさえ喜ばれることはあっても、誰にもそれをとがめられることはありません。

オーディオではどうでしょう?編集をして演奏を実演よりも良くしようとする事が「嘘」なのでしょうか?いくつかのマイクを使い、個々の楽器の音をハッキリさせることが「嘘」なのでしょうか?もちろん、今までも編集やマルチマイク録音の弊害を指摘してきたように「やり過ぎは百害あって一利なし」という考え方に変わりはありませんが、なぜ一部のオーディオマニアは、極端なまでに「嘘」を嫌い潔癖なまでの「リアリズム」を追求するのでしょう?

クラシックが多数のアコースティック音源から構成されるため、他の音楽に比べて音響的に非常に複雑で壊れやすいというのが最も大きな理由だとは思いますが、「クラシック」の誕生にも影響されていると思います。「クラシック」は、王族、貴族や宗教と深い関わりを持つ音楽です。大衆から発生した民族音楽やポピュラー音楽とは「生まれ」が違うため他の音楽とは一線を画する「高貴さ」あるいは「純血さ」が要求されると考えるのは行き過ぎでしょうか?もちろん私はクラシック嫌いではありませんが、クラシックコンサートは、他のコンサートよりも息苦しさを感じます。形に嵌められる窮屈な感じがするのです。「聞かせてもらってる」と言い換えても良いかも知れません。ROCKのコンサートのような「プレーヤーとリスナーの一体感」はクラシックのコンサートには求められません。それも、クラシックの「生まれ」と密接な関係があると思います。

今でこそ高級オーディオでJAZZやROCK、POPSをお聞きになられる方も多くなりましたが、オーディオの黎明期にはオーディオで聞くのは「格式の高いクラシック」と決まっていたように思います。このクラシックが持つ「格式」がオーディオには「嘘」を許さない。演奏されたまま、そのままを再生しなければならないという「リアリズムに対する過剰なまでのこだわり」を生んでしまったように思えるのです。

音楽のみならず芸術は「感動の大きさ」で評価されるべきです。歴史的に評価される芸術品は、その作品に共感しそれを語り継ぐ人達が多いからです。名作は、時間が育んだもので生まれながらに名作であったわけではありません。「クラシック」が芸術的に高く評価されるのは、表舞台に華々しく登場する機会が多く、他の音楽に比べてそれを語り継ぐ人が圧倒的に多かったせいもあると思います。


しかし、音楽の種類は「クラシック」だけではありません。そして、最も高貴な音楽が「クラシック」と言うわけでもないと私は思います。付け加えますが、私は「クラシックの芸術性が低い」と言っているわけではありません。JAZZやROCK、あるいはPOPSにも最高のクラシックに匹敵する高い芸術性を持つ作品があると言いたいのです。

ありきたりですが「ビートルズ」。“IN MY LIFE”や“LET IT BE”などは、人生のあり方や生き方について深い示唆に富んでいます。この歌を聴いて心が救われた人は、少なくないと思います。ビートルズのいくつかの曲は、最高のクラシックに匹敵する芸術性を持っていると私は考えています。ビートルズの「生演奏」を一度も聞いたことがないにもかかわらず!私にとっては、オーディオで聴くビートルズが唯一無二の「真実のビートルズ」です。そして私は「それ」を疑うことはありません。また、それを聴いて「絶対に本物と比べたい」と考えたこともありません。ビートルズの音楽は「映画」のように「オーディオで再現」されることで「完結」しています。しかし、誰もそれを「嘘」であるとは非難しません。


なぜでしょう?POPSは、クラシックに比べて「格式が低い」から「いい加減」でも良いからでしょうか?確かにビートルズのメッセージは「言葉」を伴って発信されるため、「言葉を介さないクラシック」と異なって「間違いようがない」という部分は非常に大きいでしょう。しかし、格式云々は言い過ぎだとしても両者をオーディオで聞く聴衆の「演奏の捉え方」には、大差があるように感じます。

ビートルズをオーディオで聴く場合、再生か生演奏のどちらが正しくて、どちらが間違っているか?という比較が無意味なように、オーディオにおける「リアリズム」というものを論じるのも「無意味」だと考えます。録音された段階で音楽はマイクが捉えた「ワンカット」に分解され、さらにミキシング段階では、ミキシングエンジニアは「スピーカーから出る音を真実」と考えて音を作り録音テープを編集し仕上げています。そうして作られた「ディスク」を自宅で再生して、そこに「真実」を求めるのは、はっきり言って無理がありすぎます。技術的に見て「真実の音」を求めるのはナンセンスです。我々が求めるべきは「オーディオ的真実(正しい音)」ではなく、「音楽的真実(正しい感動)」ではないでしょうか?伝えたいものがちゃんと伝われば「音」などどうでも良いではないですか!


i−podでもラジカセでも高級コンポーネントでも!感動できることが一番です。オーディオ再生で音楽(演奏)の感動を共有しようとするとき「音」について論じることすら無意味ではないかとすら思うことがあります。もし、音質や極端なまでの「リアリズム」を追求するあまり心で音楽を聴かなくなったとしたら、それはあまりにも残念です。ビートルズが“IN MY LIFE”や“LET IT BE”で伝えたかったことはなんでしょう?すでにメンバーの何人かはこの世を去り、作曲し演奏した「本人」にそれを確かめる術はありません。私たちは、彼らが残した「ディスク」からそれを聴き取る他はないのです。

TVで見たのですが日本人が最も感動した書籍のトップは「夏目漱石/こころ」だそうです。夏目漱石は、“こころ”を書き上げたとき弟子にこう言ったそうです。「私はいつか死んでいなくなるが文学は永遠だ。“こころ”が後世に残り、それを読んだ多くの人々が感動してくれ、人生にすこしでも良い影響を与えることが出来るとしたらそれは素晴らしいことではないか(言葉は正しくないかも知れませんが、意味は大体あっているはずです)」と。そしてもっと素晴らしいのは“こころ”を読んだ多くの人が、その解釈を著者である夏目漱石に求めなくても「それぞれに感動」できることです。漱石が残した“こころ”は「読ませていただくもの」ではありません。夏目漱石は“こころ”にすべてを書き残したわけではありません。記録写真と同じように漱石がそこに書き残せたのは“こころ”の断片、あるいは一面でしかないでしょう。しかし、それは「断片」であるが故に「解釈の多様性」が許されるのです。しかし、非常に重要な「断片」であるが故に「高いと芸術性」を持つのです。

録音され遺された音楽も正に「文学」と同じではないでしょうか?コンサートでは、音は一瞬で消えてしまいます。最高の音を出せても、二度と同じ音は出せないかも知れません。しかし録音すれば「感動」を永遠に保存し伝えることが可能となります。録音−再生というプロセスで「音質のリアリズム」は損なわれるかも知れませんが、その代償として「高い普遍性」と「永遠の命」が与えられるとすれば、けっしてマイナスのトレードではないはずです。グールドのように「録音」にこそ「汚れなき芸術性」を見いだした奏者も存在します。それらを重ね合わせた考えると「オーディオ」には「生演奏と同等」あるいは「生演奏を越える」高い芸術性や文化が存在すると断言しても差し支えはないと思うのです。そして、もしあなたが自らのオーディオ機器から「素晴らしい演奏を再現」することが出来るとすれば、たとえ楽器が演奏できなくても、その行為は「音楽家が素晴らしい演奏をする」のと何ら変わりがないとすら思えるのです。

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