逸品館メルマガ バックナンバー 071

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逸品館ショッピングカートメルマガ 2008.2.11

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今回のメルマガは、前々回からの続きになります。前回、前々回に送信したメルマガは、次のページからご覧頂けます。
http://www.ippinkan.com/mail-magazine/mail-menu.htm#melma

確認のため「耳に聞こえる音の良さ」を追求したSA8400/Specialと聞き比べてみると、音の細やかさや明瞭感、透明感では、時としてSA8400/SpecialがSA10/Ultimateを上回ると感じさせるのですが、中身がギューッと詰まった感じ音の厚み、エネルギー感、身体に感じる雰囲気の濃さでは、SA10/UltimateがSA8400/Specialを確実に上回っています。CDとSACDを掛け比べても、SA8400/SpecialがSACDをCDよりはっきりと良く聞かせるのとは対照的に、SA10/UltimateはCD/SACDによる「音質差」をほとんど感じません。演奏しているソフトがCDか?SACDか?わからないくらいです。それは、SA10/UltimateがSACDだけが持っている20KHz以上という高い周波数帯域(すなわち高音域)に依存せず音楽を深く表現できるからに他なりません。その結果として、ソフトの録音にほとんど左右されず音楽の楽しさ、音楽を聞く充実感だけを純粋に味わえるようになったのです。

誤解を避けるために付け加えますが、SA8400/Specialも完成後、発売までに連続で1ヶ月近く聞き続けて不満が出ないことを確認して製品化している自信作です。お客様の評判も上々です。
http://www.ippinkan.co.jp/airbow/estimation/est-sa8400.html
SA10/Ultimateとの違いは「好みの範疇」として片づけられるかもしれません。また、それぞれの評価は、システムとのマッチングやお客様の好みによって大きく左右されると思います。またその違いは、それぞれを聞き比べた瞬間には「その差が明確」であったとしても、それぞれをしばらく聞き続けているとわからなくなる程度のものであるかも知れません。でも、違いは確かにあるのです(当然、価格が違いますが)。

このようにSA8400/Specialとの比較試聴を通じて、SA10/Ultimateの中低音の良さから来る音楽表現能力の高さを確認できたのですが、中低音が充実していると言っても、それは「中低音がだぶついたもこもこした音」とは全く違います。良質なサブウーファーを使ったときのように、空間は大きく広がり見通しも良く「その場の空気感」が感じられるような音質に変化します。ピンポイントに突き詰められたハイエンド・オーディオの音のように「真空の中で楽器が鳴っている=ホログラムのように楽器が明確に定位する」という音ではなく、あくまでも「楽器を取り巻く空気の響き」や「その場の雰囲気、気配感」がダイレクトに身体に伝わってくるようなイメージです。言い換えるなら、音がまず耳から脳に入って処理され、その結果として音楽を感じ取れる(初期のAIRBOWは、この傾向が強くそのため緊張感を生じていたと考えられる)ような音ではなく、脳内での変換が不要で音がダイレクトに感情に変化する(触れる)ような感じの音質です。とにかく、SA10/Ultimateの音は、聞いていて気持ちがいい音です。

もう一つ、高音をありのまま再現するときに気になるポイントがあります。それは「マイクの癖」です。ビデオカメラなどのプアなマイクで収録した音でも、再生時にあれ?と思うほど細かい音が入っていて驚くことがあります。オーディオ用のマイクはそれとは比較にならないほど、高感度です。マイクが捉えた高音の明瞭度や解像度(細やかさ)は、人間が聞くそれよりも遙かに高く、それをそのまま再現すると楽器に頭を突っ込んで聞いているような、部分的に拡大された変な音になってしまいます。マスタリング時にそうならないように音は加工され(音響プログラミングを施され)、トラックダウンされますが完全ではありません。高音をあまりにもありのままに再現しすぎると、このマイクの癖がはっきりと出てしまうのかも知れません。

もし、あなたが「音は良くなったけれど、聞けないソフトが増えた」、「安心して音楽に集中できない」、「聴き疲れする」という問題にお悩みなら「高音が良くなりすぎていないか?」に注目してください。色々話をしてきましたが、このメルマガの主旨は、AIRBOWの宣伝ではありません。皆様が音を決められる(聞き比べられる)時に私が今回説明した方法が使えるのではないだろうか?ということが重要なのです。

もしかするとデジタルが導入されたことで、私たちはあまりにも「高域の再現性」にばかり耳を奪われ、それまでに確立されていた「音の厚み」や「雰囲気感」といった「耳に聞こえない」、「データーに表れない」部分を知らず知らずにおろそかにしていたのかも知れません。あえて聞こえやすい「高音域の細やかさや明瞭感」にスポットを当てずに、耳には聞こえない「身体に感じる雰囲気の濃さ」に重点を置いてシステムの音決めをなされば、それまでとはまた違った「音楽が聞こえてくる」に違いありません。

高域の明瞭度や解像度を下げることで、音が良く聞こえると言う現象についてもう一つ思いつく重要なポイントがあります。このお話は、かなり前に一度何かの機会で発表したことがあるのですが、今回のSA10/Ultimateの開発経験でさらにその思いを深くしました。それは、相当前に朝日新聞に掲載された「NTTが行ったノイズと聞き取りの関係についての実験」からヒントを得て考え出したものです。


このNTTが行った実験は次のようなものです。(1)音声通信(会話)にノイズを入れて行く。(2)会話がノイズで遮られ、聞き取れるギリギリになったところでノイズを入れるのを止める。(3)ノイズで聞き取れなくなった部分を消して、その部分を無音にする。(4)ノイズが無音に置き換えられ、断続的になった音声を聞かせる。(5)無音部に、再びノイズだけを挿入して音声を聞かせる。このような実験です。結果は、(3)では、かろうじて聞き取れた会話が、(4)では、単なる断続的な声の羅列になって言葉として聞きこれなくなります。(5)では、再びノイズに埋もれた会話として聞き取れるようになる。というものです。これは聴覚だけではなく、視覚でも確認できます。まず、(1)適当な文字を描き。(2)次にその上にミルクをこぼしたように、読めるギリギリの範囲まで部分を隠します。(3)ミルクをこぼした部分を完全に消します。(4)文字は、バラバラの図形に分解され、文字として認識できなくなります。(5)消した部分を黒く塗りつぶすと、再び文字が黒い部分に隠れた文字として認識できるようになります。


つまり、見えているところと、見えないところが、ハッキリしているのではなく、見えない部分が「隠されている(隠れている)」という印象を与えると、脳が「隠された部分を脳内で復元」し、全体像が浮かび上がるというのです。今回の高域の明瞭度の低下と引き替えに得られた、音楽性の向上は正にこの実験結果に相当すると思うのです。音楽は、録音された時点で改変され破壊されます。それを可能な限り克明に再現すると、私たちには「改変された音」としか聞こえません。しかし、間違いのない部分だけを正確に再現し(今回の中低音)録音によって破壊された(マイクの癖は、高域により大きく現れる)部分を軽くマスキングすることで、見えない部分が美化された状態で完全に復元される。つまり、「隠されている」ということを脳にハッキリと認識させることで、情報(音)は脳内で補
完され、より完全な音として復元されるという考えです。私は、この考え方で多くのオーディオの謎が解明されると思います。デジタルよりもアナログ、CDよりもレコードの音が良いと人間が感じるのは、まさにこの「曖昧に隠されている」という認識が脳に生じるか?そうではないかによるのではないでしょうか?

AIRBOWは、「ギミックから原点への回帰」というテーマを掲げて発進しました。ギミックとは機械仕掛けのことで、原点とは音楽のことです。つまり機械や価格、データー主導主義のオーディオから音楽に主権を戻そうと言うことです。データーを捨て音楽を重んじようと言うことでした。その音楽性の追求にヒヤリングを重視したことは言うまでもありませんが、当初そのヒヤリングの決め手は「生音に近い音の再現」にありました。そのためにもっと重要だと思われた命題が「高音」です。しかし、AmpzillaやSinfonia、あるいはEMT986などの優れた海外製品との出会いにより、必ずしも「高音」だけがそれを成し遂げるのではないと知ったのです。そしてSA10/Ultimateの開発は、「高音/解像度/明瞭度」の呪縛から私を完全に解き放ってくれました。ハッキリと見えるヌード写真よりも、薄絹一枚でそれを隠すことで、より艶やかさが増すように、音にも薄いベールを上手く掛けることで音楽性がより深く引き出されるのは間違いありません。その薄絹をどれくらいの厚さにするか?どこに掛けるか?それが、音決めするときの決め手であり、芸術感なのではないだろうかと考えています。

音は不思議です。絶対的には似ていなくても、人間が聞くとそのものにしか聞こえない雰囲気を持つことがあります(タンノイは、特にそんな音です)。音についてはずいぶん理解を深めたと思っていましたが、まだまだ奥深いです。SA10/Ultimateの開発を通じ、オーディオが目差すべき「生演奏を彷彿とさせる音」にまた一歩近づけたように思うのです。

また、今回の大成功はイタリア製オーディオ(Ampzilla2000やUnison-research、ZINGALI 1.12)の音や菅野沖彦氏の著作「新・レコード演奏家論」に触発されて結実したものです。それらの影響を受け従来の枠を越えた音作りによって、さらなる音楽再現の魅力を引き出せるかもしれないと私自身が感じなければ、SA10/Ultimateの音は生まれなかったのですから。オーディオの趣味としての最大の醍醐味は、今回の私の経験のように音を良くしようという努力の中で、新たな「感性(感覚)」に気づき、それをを取り入れ、自分自身の音を限りなく成長させられるられることにあるのだと私は思うのです。

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