タイタニック(SACD)
テストに先立って、サランネットの“ある”・“なし”を試した。ネットをつけると(ツィーターの保護グリルも)音がかなり曇るので外すことにした。バスレフポートのスポンジも装着すると最低域の量感がやや減じられるので、これも外すことにした。
1027sは、最新のFOCAL製品らしく解像度感は十分に高く、細かい描写も抜群。音の広がり、定位感も素晴らしい。低音は、ぐっと引き締まって適度にタイトだが量感も十分にある。
このCDは、PMCのテストによく使ったのでPMCで聞く音は良く覚えている。1曲目・冒頭部分の透明感は、PMCの勝ち。だがPMCで聞くと冷たく澄み切った透明な空間を想像させる音が、1027sでは暖かい空気が部屋に満ちたように感じられる違いがある。
ソフトにSACDを使ったためか?全体的に音が非常に柔らかく感じられ、PMCで聞いたCDソフトの印象とはあまりにも違っている。CDやアンプにも昔PMCをテストしたときに使っていた機材と異なる製品を使っているせいもあるのだろうが、うまく比較できないように感じたのでソフトをSACDから聞き慣れたCDに変える。
タイタニック(CD)
心なしか細かい音が感じられなくなり、完全に分離していたハーモニーも混ざってくるが、これまでの経験から想像するほどSACDとCD差が大きく感じられない。SA10/UltimateによるCDソフトのアップサンプリングがうまくいっているからだろうと密かに納得する。
周波数レンジの上限と下限がやや丸くなり、音の密度がやや薄くなるが、耳に聞こえる音、聞き取れる音の範囲では大きな差が感じられないから、たぶんほとんどの場合“それ”と知らせなければタイタニックのSACDとCDの"すり替え"は、気付かれることはないだろう。それくらい小さな差だ。
スピーカーの試聴に戻る。ソフトをSACDからCDに変えても1027sの「暖かさ」はそのままだ。
音のエッジはPMCほどは鋭く切れ込まないが、それでも解像度感は十分に高い。
音色の再現性は、明らかな暖色傾向にあるが、色彩が豊富で音楽の展開がドラマティックに感じられる。
最新のスピーカーらしく、S/N感も高いし、物理特性も非常に優れた要素を感じる。ツィーターの振動板にベリリウムを使っているBeモデルではHiFi一辺倒に感じられたが、それをアルミニウム/マグネシウム合金に変更したSモデルでは、暖かさと柔らかいニュアンスが出てくる。うまく表現できないのだが1027sは、性能が高いのに柔らかく、耳障りがよい。
この独特の音は、とても魅力的だ。
試しに同室に設置しているVienna
AcousticsのT3Gと比べてみる。いつもは、音の密度が十分に高く、繊細感も抜群に感じられたT3Gの音が1027sを聞いた後では、やや希薄に感じられる。1027sの7割くらいだろうか?
価格差は、ちょうど1.5倍。性能差は、ほぼ価格に準じるが、この価格帯では性能と価格の差が小さくなるのが普通だから、1027sのコストパフォーマンスは十分に高いと評価して良いと思う。
高性能を主張し、常に上級なスピーカーで聞いているという「HiFi的満足感」を常に感じさせるのが1027sの持ち味だ。対するT3Gの持ち味は「自然さ」、「さりげなさ」にあると思う。1027sからT3Gに切り替えてしばらく経つと、性能差が気にならなくなりすっと音楽の中に引き込まれてゆく。いつしか、音楽だけを感じている自分に気付く。T3Gもやはり素晴らしい。
スピーカーを1027sに戻してみる。
能率の高い1027sは、T3Gよりも同じボリュームでも音量が大きくなるから、アンプのボリュームを少し絞って調整する。
やはり、細かい音の切れ味、明瞭度は1027sがT3Gを明らかに上回り、高域にはハードドーム型ツィーターらしい、しっかりした芯が出てくる。テキスタイルドーム型スピーカーとは明らかに違う美点なのだが、1027sは多くのハードドーム型ツィーターを搭載する製品のように高域が堅くなりすぎたり、金属的な音の癖を一切感じない。また、良くできたテキスタイル型ツィーターに匹敵するほどの繊細さも兼ね備えている。
T3Gと異なるのは高域だけではない。中域の厚み、低域の力感と固まり感も明らかに勝る。こういう部分にコストの差、販売価格の差が出てくるのだ。
音楽性と物理特性を高いレベルで調和させた、1027sはなかなか素晴らしいスピーカーだ。それはまさに無機質な鉄からエッフェル塔のような芸術品を作り出す、フランス人独特の感性から生み出されるのだろう。
ヒラリー・ハーン(バイオリン)
中域の厚みやボリューム感は抜群だが、バイオリンの最高域の伸びがやや物足りない。透明感ももう少し欲しい。ここでスピーカーとリスニングポジションの距離が近すぎたことと、ボリュームが大きすぎた事に気付き、それを調整して聞き直す。
高域の透明感や伸びやかさが出てくる。響きもほぐれて自然なホールトーンが感じられるようになる。
1027sで聞くヒラリー・ハーンは、少し大人びて実に色っぽい。このソフトをPMCで聞くと凛と張りつめた曲に聞こえるが、1027sでは情緒の豊かさが感じられるようになる。フランス映画のように複雑さやアンニュイさが演奏に出てくるが、幸いなことにあの"独特の暗さ"は、全く感じられない。1027Sで聞くヒラリー・ハーンは、お洒落で明るい、パリジェンヌといった感じだ。
春風の柔らかさ、春の日差しの暖かさ、女性らしい豊かで優しい感情。この演奏を収録したときのヒラリー・ハーンの奥底に芽生え始めたはずの「女性らしさ」が前面に出てくるようなイメージ。例えるなら、ほんの少しだけアンネ・ゾフィー・ムターと似ているが、あんな乱暴なまでに情熱的ではない。PMCで聞く可憐なヒラリー・ハーンも決して悪くないが、1027sは、また違った一面を描き出す。
ジルベルト(ボサ・ノヴァ)
暖かい。ジョアン・ジルベルトが優しく語りかけてくるような感じ。1027sが再現する言葉の持つ暖かさ、流暢さは、まさにフランス語のそれだ。
アストラッド・ジルベルトもまるでマドモアゼルのように気品と色気に満ちている。すべてが暖かく滑らかで色彩が豊か。中低音のリッチさはどれほどのものだろう!
ノーベル賞を受賞したフランスの言語学者、アルフレッド・トマティスは、母音にアクセントを置く日本語とフランス語の言語体系と、それを聞き取るための日本人とフランス人の聴覚特性は全く同じだと言う。中域のニュアンスがすばらしく豊かなこのスピーカーを聞いていると、それをまざまざと感じる。
どちらかといえば、私は日本人には珍しく高音まで(子音)ハッキリ聞き取れる音が好みなので、そういう意味では1027sの高域は少し物足りず、より高域がすっきりと上まで伸びきっているPMCの音が好みにあうのだが、ほとんどの日本人なら1027sで聞く音楽の方が耳になじみやすく、心地よく聞こえると思う。
サックスもボーカルも厚みがあって前に出てくる。フランス製の楽器、クランポンのクラリネットや、フランス・セルマーのサックスを思わせる、まろやかで暖かな色彩を持つ音。シンバルは、芯がしっかりして奥の方で楽しく鳴っている。
このスピーカーを“謳わせる”リスニングルームは、響きが硬質でややライブな部屋がいいだろう。3号館のように響きが少なめで、デッドな環境だと高域の響きの成分がもう一歩物足りないからだ。和室よりは、洋室。お洒落なフローリング仕立ての部屋で鳴らせば、このスピーカーは、間違いなく本領を発揮するはずだ。
ホルショフスキー(ピアノ)
この演奏がシャンゼリゼのライブ録音だったことを思い出して、ホルショフスキーのピアノをずいぶんと久しぶりに引っ張り出してきた。彼が97歳の時のライブ。
音が出た瞬間にその圧倒的な色彩の鮮やかさと豊かさに驚いた。PMCで聞くこのソフトがややモノトーンで張りつめた雰囲気を持っていたのとは対照的だ。
このソフトで最もお気に入りの一曲。最後の曲、ショパンの「雨だれ」を聞く。軽やかな小雨から一転し、空がかき曇り、おどろおどろしいまでの暗いシーンに転換するその移り変わりが恐ろしいほど見事で完全に演奏に引き込まれてしまう。明から暗へ、一気に落とされるその落差の大きさに不安になる。思わずその場から逃げ出したくなるほどだ。
それをこらえて聞いていると、やがて空から明るい陽光が差し、雨が上がり雨の恵みが大地を潤し、生命力が漲ってくるシーンへと転換する。
たった一台のピアノでこれほど見事に映像を可視化できるほどの演奏を繰り広げられるなんて、凄い。97才とは、絶対に信じられない。演奏が終わった後鳴りやまない拍手が、それを如実に示している。
チャイコフスキー4番(交響曲)
導入部の金管楽器の色彩の輝きと厚みが素晴らしい。それに続くトランペットの切れ味も良い。弦楽器の柔らかい押し出しの聞いた圧迫感も充実している。
ホルショフスキーのピアノでも強く感じた、楽曲の可視感がこの演奏でも非常に強く感じられる。フランスの作曲家ラヴェルやドビュッシーに通じる、音が映像と直接結びつくようなイメージが非常に強く出てくる。1027sで演奏を聞くと、音を聞いていると言うよりはなんだかドラマを見ているような感覚にとらわれるから不思議だ。
その一種独特な味わいにとらわれてしまったが最後、1027sから抜け出せなくなる。プジョーやルノーの乗り味にも通じる、自己完結するようなまとまり感?外側に開かれてゆくのではなく、どこまでも内側に向かってゆくような、フランス製品に共通する独自の持ち味がこのスピーカーにも非常に強く感じられる。個性が強いだけに、好き嫌いがはっきりするかも知れない。